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観音

三井寺観音堂
西国三十三所観音霊場第十四番札所・三井寺観音堂


観音さんは、私たちに最も身近なほとけである。慈悲深く、人々に最も慕われているほとけである。苦難に直面したとき、「南無観世音菩薩」と一心に称えれば、観音は即座にその苦しみを聞き、われわれに温かい救いの手を差し伸べてくれる。仏教の深遠な教理を説くのでなく、あらゆる衆生の現世の願いを叶えてくれるのである。


観音は大乗仏教の成立とともにある最も古いほとけの一つだが、原形は古代イランのゾロアスター教の女神、水を司る女神だと考えられている。ほとけというが、正しくは菩薩であり、菩薩というのは、衆生を救おうと立てた誓いを成就するとき、ほとけになる者をいう。しかし観音は、その前は正法妙如来というほとけであり、いまの修行を終えたとき、今度は光明功徳仏というほとけになる。現在、菩薩の身であるのは、衆生のより身近にいて、衆生のどんな悩みでも聞こうというためである。


観音は、人を救うとき、三十三種類の姿に身を変えて救う。帝釈天や毘沙門天や阿修羅や。この観音の三十三化身を受けて、三十三種類の観音が成立する。なかでも、末法の時代が始まると考えられた平安時代には、来世は少しでもいい処に生まれ替わりたいと、特に地獄に落ちる恐怖からは逃れたいと、六種類の来世に生まれ替わるという六道輪廻(ろくどうりんね)に対して、六観音信仰が生まれた。
 
三井寺の観音@如意輪観音


三井寺の観音A千手観音
来世には六つの場所があり、それぞれに別の姿の観音さんがいて、助けてくれるという。地獄界には聖(しょう)観音、餓鬼界には千手観音、畜生界には馬頭観音、阿修羅界には十一面観音、人界には不空羂索(けんじゃく)観音、天界には如意輪観音。


聖観音は観音本来の形で、多面でも多手でもなく、人間的な姿をしている。千手観音の多くは千手千眼観音であるが、千本の手とそれぞれに一つずつの眼を持つ。千本の手は衆生の数多くの救済のため、千の眼は衆生を見守るためにある。観音の中でも威力最大。馬頭観音は馬の頭を頂(いただき)に付し、馬が牧草をひたすら食べるように、諸々の悪を食べ尽くしてくれる。



十一面観音はあらゆる方角を向く十一の顔を持つ観音で、われわれのあらゆる方面の悩みを聞いてくれる。不空羂索観音は鳥や獣を捕らえる綱(羂索)を持つ。その綱で、救いとってほしいと願う人々を洩らさず救う。如意輪観音は右手を頬にあて、思惟の姿をしている。千手観音や十一面観音でも聞き届かない願いをすべて叶えてくれる。


観音の住んでいる浄土がある。阿弥陀如来が極楽浄土に住むように、観音は補陀落(ふだらく)国という浄土に住む。古代インドの言葉ではポタラカ。玄奘三蔵は補陀落国の位置を、南方の海浜にマラヤ山があり、その東にフダラカ山がある。フダラカ山頂上の池のそばに石窟があって、そこが観音の住まいだと記す。いまの南インド、もしくはスリランカの浜辺だと推測されている。


測されている。  チベットは観音信仰の盛んな国で、自分たちの国を観音の住まう国と考えていた。法王ダライ・ラマは観音の化身だといわれ、法王庁は観音の浄土にちなんでポタラ宮殿と呼ばれている。
 
三井寺の観音B
十一面千手観音

 
三井寺の観音C十一面観音




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