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日本霊異記(五) 前号まで三回に渡って善因善果の話をご紹介してきました。当然のことながら、悪因には悪果の報いがあることは因果応報の理(ことわり)であります。 子供の頃、母親が「食べた後、すぐに横になったら、牛になるよ」と言っていたことを思い出します。これは行儀が悪いから止めなさいという戒めからのようです。それはともかくとして、今回は実際に牛に生まれ変わった話をご紹介します。上巻に収められた「子の物を盗んで使い、後に牛に生まれ変わって使われ、不思議なことが現れた話」と題した説話です。 大和国(奈良県)添上郡の山里に、椋(くら)の家長(いえぎみ)という人がいました。前世で犯した罪を悔い改めようと思い、使用人に「最初に出会ったお坊さんをお連れして来なさい」と命じました。主人の言いつけ通り、道を歩いている一人の僧を家に招いてきました。法会も無事終わったその夜、僧が寝ようとした時、主人は掛け布団を僧にかけてやりました。僧は心の中で「明日、法会のお布施をもらうより、この布団を盗んで逃げたほうがましだ」と思ったとたん「その布団を盗むではないぞ」と声がしました。僧はびっくりし、家の中を見回しますが誰もいません。ただ一頭の牛がいるだけでした。僧が牛のそばに行くと、牛は「わたしは実はこの家の主人の父親なのだ。前世でわたしは、子には無断で稲を十束盗んだ。そのために今は牛の身に生まれ変わって、前(さき)の世の罪のつぐないをしている。あなたは出家の身である。それなのになぜ平気で布団などを盗もうとするのです。あなたがわたしの身の上話の真偽のほどを知りたければ、わたしのために座席を用意して下さい。わたしは必ずその席に座ってみせましょう。そうすれば間違いなくわたしがこの家の主人の父親であることがわかるでしょう」と話しました。 僧は大変恥ずかしく思い、部屋に戻って一夜を明かしました。明くる朝、法事がすべて終わった後、親族の人々を呼び集めて、昨夜のことを詳しく話しました。主人は牛のために藁を敷き「牛よ、お前が本当にわたしの父上ならこの藁の上に座ってくれ」と言うと、牛は膝を折り藁の上に座りました。人々は大声で泣き、主人は「牛よ、お前は本当にわたしの父上であったのか」と牛に礼拝し「稲十束のことは帳消しにしましょう」と牛に語りかけました。牛はこれを聞いて涙を流し、その日の夕方死にました。主人は父のため追善供養の法会を営みました。 著者景戒(きょうかい)は、原因結果の道理をどうして信じないでいられようかと結んでいます。 (梅村敏明) ・「仏教豆百科」一覧に戻る ・「教義の紹介」一覧に戻る |