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三井寺の名の由来となった「三井の霊泉」は、古来より清冽玉のごとく、味もまた甘露の如しと称され、天下の名水として知られ、尊重されてきた。
江戸時代の文化文政のころ、当寺に壷井軒と称する老居士が住いし、悟得の道に精進し、霊水を掬んで金堂に奉安する弥勒菩薩に献茶し、また参詣の善男善女に頒っていた。これが、三井古流煎茶道の創始である。
以来、この点前は聖賢道の悟得修行と仏恩報謝を本旨として伝承し、今日にいたっているのである。 |
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にじり口をやっとくぐって室内へ入る。まず床の間へと思う前に、今はいてきたぞうりを片づけなければならない。また狭い戸口から、そろりと顔を出すと、すでに次の客の手によって、きちんとわきへ寄せられている。思わずそっと一礼する。
床には紫野むくげが一輪、質素な茶の器にさされ、古びた軸が静にはやぶる心を制する。
客は大勢なのにまるでしんとしている。改めてすわり直してふと目を閉じると、初めて安心したような心なごやかな気持ちになる。
そしてやがて、湯のたぎる音が聞こえ出して、静けさは一層本格的なものとなる。
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菓子がまわってくる。懐紙にとり、はし先をそのはしでぬぐう。小ふくさでの茶わんのやりとり、食べ終えた菓子の始末、茶わんの飲み口の清め方、どれ一つ考えてみても、飲んだり食べたりすることのこれ以上のやり方があるだろうかと思われるばかりである。みにくくさらけ出された食べあとや飲みあとはどこにもなく、わずかの道具や用具をつかっての処理の仕方は実に見事である。慣れない人がいてまごまごしているが、それは見ていてどこかに不必要な
ものがあるのがわかってくる。 |
茶わんの受け渡しの際の余分な力のかけ方、懐紙のたたみ方の無駄など、足りなくてうまくいかないのではなくて、余分なものが出たためにうまく片づかないのである。茶を点てた人なら気づくであろうが、その順序の整然となっていることも実にすばらしい。ふくさをさばくことから始まって、茶入れを解き、清め、釜の蓋をとって炉の端に置き、ひしゃくを使うまで、どこ一つ無駄な動作はない。そして前の動作と区別するための、次の動作のちがいに、はっきりとしたけじめをみる。途中でうっかりして一つでも抜かしてこようものなら、すべて「こと」は運ばなくなってしまう。
何と簡略化された最小限で最大の世界を表そうとする意図なのか。
私は茶を点てるという一見形式的な儀式のなかに、理屈にあった科学的な実験のさまをいつも感じるのである。そして、何よりもそこには独自の世界が瞬時にして成立してしまう。深い精神の息吹の流れるのをみる。しかもそれは外部に対して閉鎖的ではない。共に茶を飲むという共通体験を通して、同じ世界にだれでもがはいれるのである。 |
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近頃は若い方、お年寄りの方、そして男女の別なく、お茶のおけいこに通っている方が大変多くなりました。最初、お茶を習おうとされる目的動機はいろいろ異なっていると思いますが、基本的な作法を通してお茶をおいしくいただくことは、一、二ヶ月もするとどなたでも覚えられるようです。
抹茶と違って煎茶は、文人墨客の高雅な遊びから始まったといわれるだけに、たくさんの流儀がありますが、作法順序には多少の違いがあっても本質的に変わらないものだと思います。
若い娘さん達は、誰でも通らねばならない順序作法はすぐに覚えられます。お年寄りの方は早急に覚えられなくても、お茶を楽しむ喜びは持たれます。
また、大学生や男の方は、座ることから始められて、座れるようになると、作法順序よりも本質に向かってぶつかってこられます。それが幾年も続けている教室の中の一つの面白い流れとなります。
何のおけいこでも同じでしょうがお点前もその人の個性どおりにはこばれます。心ぜわしい人のお茶、練習の積み重ねられた人のおいしいお茶、初心の人のはずかしそうなお茶−それぞれに趣と味わいがにじみ出てくるのは面白いことです。
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お茶の喜びは、お点前をしている人とお客になっている人とがものも言わず語りもしないで楽しめるところにあります。あの茶具敷の前に座って、小さな煎茶の道具を身をもってさわってみなければわからない不思議な喜びです。
私方の流儀では、一点前が終わりますと清談が始まります。それは客も亭主も心して出されたお茶をいただいたあとの感謝をする時間であり、反省の場であり、和敬の心を養う場でもあるのです。五、六年おけいこが続いて少し格好の良いお手前が出来ると、何か知らんお茶というものがわかったような気になりますが、その日の気分、その日の態度によってお茶の味が異なって出てくるのにも気がつきます。
目に見えないお茶の心、つかまえたと思ったとたんに逃げてゆく心、それをしっかりと抱きしめて逃げないようにするのには、日常生活においてもっともっとお茶と話し合わねば自分のものにならないことを、お茶に教えられている毎日です。 |
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