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二度とない人生だから(7) 四十年前、『二度とない人生だから』の前とあとに発表されている『ベトナムの少女よ』と『ねがい』の三編の詩は、一脈の作品と私には読みとれる。 収入は減ったのに 去年にもまして税金がかかってくる
そういう体験をして 初めて政治というものの実体にふれ 自国の歴史の長い圧政と 庶民の貧困とに今さらながらの憤りに燃える ベトナムの少女よ お前の死に対して 私の悲しみが集中しなかったその原因を許しておくれ(中略) 今の日本のどこに建国の精神があるのか 麻薬・賭博・汚職・殺人・山は崩され 川は汚れる ベトナムの少女よ お前の行動の百分の一でも 私にできるか それが私を責める 仏教国ベトナムは叫び 仏教国日本は黙る いや武器弾薬さえ作っていたときく そうした日本を怒れ 蔑め 白百合のようなその肌に ガソリンをかけ 暴政に抗議した ベトナムの少女よ 私の花束を受けてくれ タンポポ堂のタンポポの種よ 飛んでいって その墓前に咲いてくれ 『ベトナムの少女よ』 (坂村真民全詩集より) 以下次号へ続く
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