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スタート:シンガポールからマレーシアへ |
VOL.1 |
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僕を乗せた飛行機がシンガポールのチャンギ空港に到着したのは夜の11時だった。
まさか、こんな時間に走り始めるわけにもいかない。とりあえず自転車を組み立てて朝を待つことにした。自転車を包んでいたダンボールの処分に困ったが、都合よくゴミ処理のおじさんが引き取ってくれた。僕は、なるべく目立たないところで席に座って時間をやり過ごすことにした。朝の5時になったので、どのくらい明るくなったのか確かめようとして、外へ出てみると生暖かい空気に包まれた。日本とは違う匂いがする。明るくはなってなかったが、少しの間、走っていれば夜も明けるはずだと思い、僕は自転車で空港を出発した。
「道はあっているのだろうか?」
地図も何も持ってなかったので看板に表示されている地名が全くわからない。なぜ、旅に必要な地図を用意してなかったのだろう。僕は自分のバカさに腹が立った。闇雲に走っていると、やっと町らしきところへ差し掛かった。見ればセブンイレブンがある。そういえば深夜から、何も口にしていない。中に入ると、パンやジュースが売っているし、地図も置いている。ここで必要なものを買い揃えようとして、またしても重大なことに気がついた。僕はシンガポールのお金を持っていなかったのだ。財布には、USドルと日本円しかない。なんで、絶対に必要なお金を用意しなかったのだろう。いくら初めての海外旅行といえどやる気がなさすぎる。しかし、日本円はともかく、シンガポールドルとUSドルはどう違うのだろうか?どっちでも良さそうな気がする。僕はシンガポールに関する知識が全く無く、知っているといえば、ゴミを捨ててはいけないということぐらいであった。
「USドルは使えるのか?」と店員に聞いてみた。
「シンガポールドルしか使えないよ」
馬鹿を見るような顔であっけなく断られ、僕は何も買わず諦めて走り出した。何か飲み食いしないとマズイな、と考えながらしばらく走っていると、またセブンイレブンが現れた。気がつけば、入り口にキャッシュディスペンサーが設置されている。
「シティバンクのカードは本当に使えるのだろうか」
僕は、金の持ち運びに関しては海外数十カ国で、自分の口座から現地通貨を引き下ろすことが出来るというシティバンクのカードを選んだ。だが実際に使用したことは無く、どれほど便利なのかはわからなかった。僕は半信半疑でキャッシュディスペンサーにカードを差し込んでみたが、英語の表記ばかりで意味がわからない。しかし適当にボタン操作をやっていると金が出てきた。
「本当に使えるのか」
いとも簡単にシンガポールドルを手にして騙されてる様な気がしたが、早速ジュースとパンと地図を購入し、再び走り出した。地図を見ると、どうやら道を間違えてマレーシアとは逆側を目指して走っていたらしい。しばらくして夜が明け、辺りが見回せるようになってきた。シンガポールは都会だと聞いてはいたがなるほど都会には違いなかった。それにしても町の中に植物が多い。見上げるような緑が道沿いに植えられ、まるで植物園のようだ。明るくなって地図を確認しながら走ると意外に順調に進んだ。この調子だとマレーシアに着くのも時間の問題だと思っていると、なにやら高速道路の料金所のようなものが現れた。流石に自転車は走らせてくれないだろうと思って迂回し、別の道を探してみたがどうしてもゲートに出てしまう。この道を走るより他はないのか、と思い、自転車で走行できるのか訊いてみることにした。
「パスポートを出して」
「パスポート?」
よくわからないままパスポートを見せるとスタンプを押された。
「走っても構わないのだろうか?」
「行きなさい」
なぜパスポートを見せないといけないのかわからなかったがとにかく自転車で通過することができてよかったと思いながら橋を渡った。橋の向こう側に着くと今度もまた車が1台づつチェックを受けている。自転車は関係ないだろうと思ってそのまま通り過ぎたが、ふと、あることを思い出した。シンガポールとマレーシアの国境は、ジョホール水道という海峡であるということだ。ひょっとすると今、渡ったのが、その国境なのかも知れない。だとすると既にマレーシアに入国したということだ。確か出国と入国にはスタンプが必要だった気がする。
なにかパスポートにスタンプを押してもらわないといけないのではないか?
もし、スタンプがないまま入国して警察に見つかったらどうなるのだろうか?
それは密入国ではないのか?
僕は不安になって橋に引き返して係員のような男に聞いてみた。やっぱりスタンプは必要だった。スタンプを押してもらうと自分が国境を越えたことを実感した。
「もうマレーシアだ。まだ昼前なのに。」
噂には聞いていたがシンガポールは小さい。
マレーシアに入国して初めての町はジョホール・バルという町だった。
「もうシンガポールドルはいらないな、マレーシアの金が必要だ」
同じミスを犯さないように、早くマレーシアの金を手に入れたかった。道沿いには国境近辺だけあって両替商の店が並んでいる。そのうちの一軒に入りシンガポールドルを手渡した。するとマレーシアの札が数枚とコインを手渡された。レートはわからなかったので気にするのはやめようと思った。金が手に入ったし、まずは地図が買えればいい。僕は隣の雑貨屋でマレーシア全図が載った地図を買って町の中央へと向かった。まだ、昼過ぎだが、今日はこの町でチェックインしようと決めた。これからの計画を練らなければならないからだ。
ジョホールバルでホテルを探すのに苦労は無かった。あちこちの建物に漢字で「旅社」と書かれた看板が目に付いた。その字の下には「HOTEL」とあり、宿泊施設であることがすぐにわかる。フロントで値段を聞くと49リンギット、高いのか安いのか相場がわからない。あちこち、他のホテルで値段を聞いて回るのもいいが、そんなことより、いろいろしなければならないことがある。とにかくチェックインがしたい。英会話集を見ながらフロントに一晩泊まりたいと伝えると、あっさりと手続きはすんだ。自転車を部屋に持ち込むのも何の問題もなかった。難しいと思っていたチェックインが、こんなに簡単だったのかと知ると気持ちに余裕が出てきた。この調子だと世界一周だってうまくいきそうだ。昼飯に、近くのレストランで焼き飯を食べてビールを二杯飲んだ。レートはどうやら1リンギットが30円であることもわかった。
「上手くいきそうだ。やってみればどうってことないじゃないか」
僕は国境を越えたことやチェックインを済ませたことで、この旅が成功するのではないかという予感がした。
「後はこれの繰り返しだろ、海外旅行も実際にはたいしたことないじゃないか」
とりあえず、必要なものを買っておこうと思い、マーケットでサンダルと肩から下げる小物入れを買った。カメラを持ってないことに気がついて、カメラを買いに出かけた。近くのカメラ屋で「コダックKG10」という50リンギットのカメラを見つけた。安くてもコダック製ならハズレということもないだろうと思い買うことにした。今日はシンガポールに入国したし、出国もした。両替もしたしホテルにチェックインもした。それにマレーシアの地図も手に入れたし、昼飯も食べた。レートも見当がついたし、まずまずのスタートだ。たいしたことはない。世界一周なんて簡単だ。
僕は何もかもがうまくいくと信じていた。
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