浅村朋伸の「世界一周自転車旅行記」 三井寺ホームへ

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地中海へ VOL.24

翌日、エンは僕達を率いてカッパドキアを案内してくれることになった。エンに連れられて、ブドウ畑をぬけて歩いていくと、そこにはキノコの形をした奇岩が立ち並んでいた。想像していたより巨大で、圧倒的な迫力があり、青空に奇岩風景がとても映えている。

「ほんとにキノコみたいな形してるんだな」

キリスト教徒の使用していた洞穴もいくつかあり、僕達はそこで休憩をとった。カッパドキアには、弾圧を逃れるために、ここへ隠れ住んでいたキリスト教徒の残した壁画も所々に残っている。カッパドキア見学が終わると、僕らはテラスで、多数の日本人旅行者と一緒に、ホテルが用意したトルコ料理を食べた。御飯の後で、ホテルの屋上に、ペルシャ絨毯を敷いて、同じホテルに泊まっていた日本人同士でビールを飲んだ。日本語でいろんな話をして、酔っ払って寝転がっているのは気持ちがよかった。観光地を嫌う旅行者も多いが、やはり、何もかも揃って便利である。何よりも日本語で情報収集ができるというのが、大きな魅力だ。

翌朝、テラスで寝転んでいると、マサコが話し掛けてきた。

「地中海のアンタルヤって、ところに行って、皆で釣りをしようっていうことになってるんだけど、もちろん来るでしょ?」

僕の予定では、カッパドキアからトルコの首都アンカラを通って、イスタンブールへ一直線にぬけることになっている。地図で見ればアンタルヤは南西の方角であり、北西に位置するイスタンブールに向かうには、大幅に遠回りしなければならない。

「ここから、アンタルヤまで500kmぐらいあるんだ。それって、どれぐらいの距離かわかるかい?」

「わからない」とマサコは言った。

バックパッカーは、夜行バスや夜行列車を利用することが多いので、500km程の距離であれば、前日の晩に乗り込んで、車内で眠り、目が覚めたら目的地に到着している。しかし、それを自転車で走ると5〜7日間の距離になる。しかも眠ってれば着くというのではなく、朝から晩まで自転車のペダルを踏み続けなければならないのだ。いくらなんでも釣りのために、そんな寄り道はできないし、何より、方向がイスタンブールの反対である。

「東京から大阪ぐらいの距離があるんだよ、そんな寄り道できるわけないだろ。こっちは自転車なんだから」

僕は自分が小学生と喋っているような気分になった。

「ここに自転車停めとけばいいじゃん。バスで行けば一晩だよ。皆で釣りをした後、またバスで帰って来ればいいじゃん」

彼女には、他人の時間や金の都合を考えるということがないようだった。

「そんなこと言ったって、こっちにはこっちの都合というものがあるんだよ。僕は行かないよ」

なぜ、こうも気安く、他人の予定を決められるのか不思議に思った。そもそも、こちらは、カッパドキアでの待ち合わせに体力を消費したので、ゆっくりしておきたいのだ。

「何で?皆で集合って約束しているんだよ。」
「知らないよ。そんな約束。勝手に決めないでくれよ」
なんで、勝手に僕が地中海に行く約束になっているんだろう?全く意味がわからない。 「じゃあ、とりあえず、カッパドキアの地下見学ツアーの申し込みに行こうよ」
「何で、そんな面倒臭いこと・・・」
「だって仕方ないじゃん!申し込まないとツアーの参加できないんだよ」
「だいたい地下見学って、何なんだい」僕はマサコに訊ねた。

彼女の説明によれば、カッパドキアには迫害を避けてキリスト教徒たちが、地下に住居を作って住んでいたらしく、その地下住居の遺跡を見学に行くバスツアーがあるのだという。説明を聞くと、それは是非行っておく必要があるように思えた。

「あんたは自転車があるから一人で行けるかもね」
「嫌だよ。バスツアーで行くよ」

僕達はバスに乗って地元の旅行代理店にツアーを申し込みに行った。旅行代理店でマサコが、ツアーの内容と代金の交渉をしている間、僕はトルコのパンフレットをパラパラとめくっていた。その中には、パムカッレなどと並んで、エフェスという町の紹介があった。エフェスは、トルコに残る最大のギリシャ遺跡であり、シルクロードの終着点と呼ばれることもある。パンフレットに載せられた写真を見ていると、エフェスに行ってみたくなった。だが、エフェスはエーゲ海に面しているため、そこからイスタンブールに向かうには随分遠回りしなければならない。

もし、アキラ達に会うために寄り道して、アンタルヤに行くことになれば、遠回りではあるが、そこからエフェスを通ってイスタンブールへ向かうことはできる。アンタルヤへ行くだけのために、回り道をするのは御免だが、エフェスへ寄り道するとなれば話は別だ。遠回りには違いないが、アンタルヤからエフェス経由でイスタンブールを目指すのも悪くはない。

バスに乗って訪れた地下遺跡は想像以上の規模で、驚くことに50mの深さまで広がっていた。やっと人が、一人通れる位の通路が多く、狭い部屋が並んでいるかと思えば大広間のような部屋もあり、驚いたことにワインの製造所まであった。ツアーのガイドは英語が達者で、バスで移動中も、いろいろな話をツアー客に話してくれた。カッパドキアの辺りはジャガイモ栽培が盛んで、ドイツに輸出していることや、ドイツへ移民している者が多いこと。アメリカが冷戦終了後、パキスタン同様にトルコの援助をしてくれなくなったので、財政が苦しいことなどを丁寧に話してくれた。遺跡の見学ツアーは、見所も多く、参加して正解だった。

目が覚めてテラスに出ると、いつもながら、いい天気だった。僕はソファに寝転んで、アンタルヤに行くべきかどうかを考えた。できれば、ここでボーっと寝転がっていたい気がする。景色は良いし気候もいい。そして、ビールもある。朝からビールを飲んで、ゴロゴロしときたかった。ここには休息のために来たのだから、他に何もすることはないはずだった。それなのに、今すぐにアンタルヤに向かうかどうかを決めなければならない。アンタルヤに向かうなら出発は早い方がいい。行くにせよ、行かないにせよ、決断を下さなければ、待ち合わせに間に合わなくなり、アンタルヤに行くことはなくなるだろう。しかし、そんな成り行きまかせではいけない。行くのか、行かないのか。自分でハッキリ決めたかった。

大阪の人間は口ばっかりで、ノリが悪いと思われるのも癪だったし、エフェスに行ってみたい気もする。アンタルヤに魅力は感じなかったが、エフェスを経由せずに、一直線にイスタンブールへ向かうのでは、多少の後悔が残るような気がした。イランでもカスピ海に寄ったせいで少し遅れている。トルコでは、その遅れを取り戻してヨーロッパでの負担を軽くするはずだったのだが、トルコを過ぎてしまうと、今までのような物価ではなくなるので、少々はトルコで遊んでおいても悪くない気はする。なんといってもヨーロッパの物価では否応無しに寄り道することなどできなくなるのだ。

テラスにマサコが他の旅行者とやって来た。僕はソファから跳ね起きて「チェックアウトする」とマサコに告げた。

「えっ?」 「今からアンタルヤに向かう。4日以内に着くからアキラに待っとくように言っといてくれ」

僕はチェックアウトを済ますと、荷物をまとめて自転車に乗り町を出た。カッパドキアを出発して、地図を見ながら南西の方角にひた走り、地中海を目指した。わかっていることだが、随分、遠回りすることになる。イスタンブールは北西の方角なのだ。

カッパドキアを出発してから、どのくらい時間がたったのだろうか?夜通しに暗闇に紛れ高速道路を走り、アクサライという町近辺で、道路沿いの畑の中で眠り、ただ黙々とアンタルヤを目指していた。二日目の夕方には、観光地であるコンヤに到着しホテルに泊まった。フロントで受付の若者がラジカセでタルカンという人気歌手の「Ay」を聞いていた。どこもかしこもタルカンがかかっている。

コンヤという町は、セルジュク=トルコが都をおいた町であり、踊る教団として有名なイスラムのメブラーナの開祖であるジェラレッディン・ルーミーがセルジュク=トルコの庇護を受けていた町である。

歴史と文化の町、コンヤを観光することも無く、地中海へ向けてまっすぐ走りだした。約束した以上、何が何でもアンタルヤに着かなくてはならない。四日の間にアンタルヤに着く、と言い切ってカッパドキアを出発してから、すでに二日目。このままでいくと四日の間には間に合いそうだったが、なるべく早くアンタルヤに着きたい。一緒に釣りをするということで待ち合わせているのに、到着した途端、マサコやアキラがアンタルヤを去って次の目的地へ向かうというような、すれ違いになるとバカバカしい。うまくいけば三日で到着ということもありえるのだが、それには、やっかいなことが一つあった。

地中海へ出るためには、巨大なトロス山脈を越えなければならないのだ。このまま走り続けて山に入れば、山の中で野宿ということになる。しかし、山の手前で止まると、アンタルヤ到着は一日遅れることになる。どちらの方をとるか、それは山と僕の体力次第だった。道行く先々で聞いてみると、自転車でトロス山脈を越えるのは不可能だという。しかし、カトマンズへ自転車で行ったことを思い出すと、やれぬわけはなかろうという気もする。大きな峠だろうが、何だろうが自動車が走れるのなら自転車で越えられぬわけが無い。

僕は峠越えをすることを決めた。相当ハードな行程になりそうだったので、ガソリンスタンドで、水やブレッドと一緒にタルカンのテープを買った。タルカンの歌を聞きながら、疲れを紛らわせようというつもりだったのだが、テープを聞くと全体的に静かな曲ばかりで、夜の山には、いささか向いてない気がした。

登っても、登っても道は続く。途中、ロカンタがあったので、食事をとって、登りの距離を確かめると、もう少し登れば下りがあり、その後、もう一度、長い登りの後に、大きな下りがあるという。毎回毎回、夜に山を走るのは危険だから避けようと思っているのに、ついつい夜になっても走ってしまう。黙々と坂を登りながら、トルコでは簡単にピストルが出回っていることを思い出した。もし強盗が現れて、車やトラックからピストルを撃たれたら終わりだ。そう思い始めると、通り過ぎるトラックや車が、全部ピストル強盗のように思えてくる。僕は用心してトラックが後ろから迫ってくると、一度止まってやり過ごしてから走行を続けた。言われた通り、少し登ると下りがあり、休めたと思ったのも束の間、再び登りが始まり、真っ暗な道で延々とペダルを踏み続ける。「なんて長い登り道なんだろう。夜だからそう感じるだけかもしれない。とにかく、下りが始まるまでは登り続けよう」そう思いながら黙々と機械のようにペダルを踏み続けていると、数時間後に遂に下りが始まった。

自転車は、ぐんぐん下って行く。真っ暗な夜の道は、スピードを出すと危険だとわかっているのだがスピードを出してしまう。下り始めると山の中は想像以上の寒さだった。下りで加速すると冷えきった風を受けて体が、どんどん冷たくなっていく。相当長い下りであるということはロカンタで聞いていたが、どこまで続くのだろうと思いながら、ぐんぐん坂を下っていくと、都合よくドライブインがあったので、軽く食事を済まし、荷物から服を取り出して着込んだ。ロカンタの親父が言ったとおり、下りはそこからも延々と続いた。

ようやく深い山を下りぬけると、深夜にもかかわらず小さなロカンタが開いていたのでチャーイを飲んで、持っていた菓子パンをかじり休憩した。文字通り峠は越えたのだ。ここから地中海までは問題はないだろう。僕は安心して道端の林で絨毯を広げて寝ることにした。時刻は深夜の3時になっていた。

朝7時に目を覚まし、再び自転車で走り出した。少し登りはあったが、天気が良く気持ちよかったので気にならなかった。昼には遂に地中海の沿岸に伸びる国道に出た。南下してきたせいで、頭上には太陽がギラギラしている。「ここまでくればアンタルヤはすぐだな」僕は、ひとまずビールを飲み、照りつける太陽の下、西へと進路を変えて走り出した。数時間後、ようやくアンタルヤに着き、町中を走って、約束してあったホテルに到着した。

「何だ、せっかく急いできたのに、誰か出てきてもいいじゃないか」

約束通り自転車でアンタルヤに到着したのに、誰も出迎えに来ないことにムッとしたが、アキラとマサコは、腸炎で動けずに寝ていることが判明した。

「何だ、せっかく飛ばしてきたのに・・・」

アンタルヤには、カッパドキアで再会したエンや、ドバヤジットで別れたゴロウ君も来ていた。

アンタルヤはトルコにおける地中海屈指のリゾートビーチであるので、わざわざやって来て泳がないのも勿体無い。僕はエンとゴロウ君達と一緒にビーチに行くことにした。ホテルの近くから路面電車に乗ると、すぐにビーチが見えた。

「すごい、本物の地中海だ!リゾートビーチだ!」

ビーチは大勢のリゾート客で一杯に埋め尽くされている。
「ねえ、トップレスの女の人がいるよ」
「やっぱり日本とは違うな」
「なんか得した気分だね。」
「これが地中海か・・・」地中海、地中海と皆が騒ぐ気がわかる気がする。 「これがリゾートだよ」青い空と青い海に、僕達は興奮していた。

適当な場所に陣取って、僕達はビーチチェアーを倒して寝転んだ。売り子が歩きながらエフェスビールが売っている。

「どうしよう、買おうか?」
「せっかくだから買おうよ」

ビールは氷水のようにキンキンに冷えていた。
「最高だな」

泳いでは、浜に寝転び、また泳いでは寝転がって目を閉じる。海水に濡れた体がジリジリと焼ける。自分が自転車で旅行していることなど忘れてしまいそうだった。ビーチから戻ると、ホテルに宿泊していた日本人同士で、夕食を自炊しようということになり、アンタルヤの名所の一つであるローマ遺跡のハドリアヌス門を通って、スーパーまで買出しに連れて行かれた。料理は女の子達が、担当してスパゲティーが出来上がり、庭での食事の席で、翌日の釣りに参加するメンバーを募ることになった。ボートの借り賃は割り勘だったので、人数が多ければ多いほど都合がいい。

「エンも行くでしょ?」
「時間通りに来なかったら、行く気をなくしたと思って置いて行ってくれ」
翌朝、皆で連れ立って港へ向かった。腸炎で寝ていたアキラもメンバーに加わっていた。

「アキラ、お前、大丈夫なのか?」
「ここまで来て寝てられるわけないだろう」
「エンはいないけどいいのかな?」
「こなかったら、気にせず行ってくれって言ってたから、いいんじゃないの?」

乗り込んだ船は思っていたよりも大きく、真っ青な海をガンガン飛ばしていく。船が沖のほうへ出ると、皆でビールを飲みながら釣りを始めることにした。

「どちらが沢山釣るか競争だ」

二つのチームに分かれて、釣った数を競い合うことになった。「なんだ糸がもつれたよ」と言いながらも、それぞれ魚を釣り上げだした。意外に魚はよく釣れる。適当なところで釣りを切り上げると、釣った魚を船の上で、女の子が捌いて刺身にしてくれたので、皆で食べることになった。以前ホテルに泊まっていた日本人が置いていったという醤油とワサビまで用意されていた。

「やっぱり、うまいな!」

船の上でビールを飲みながら、地中海を眺めて食べる刺身は御馳走だった。食事が済むと、みな船から海に飛び込んで泳ぎだした。

地中海と太陽。今までの、砂漠の旅と違って、楽園に感じられる。

釣りから戻ると、すぐにアキラとマサコはバスでイスタンブールへ出発し、ホテルは寂しくなった。食事の済んだ後のテーブルで、一緒に釣りに行ったマユコという女子学生と話していると「ねえ、次は、どこに向かうの?」と彼女が聞いてきた。

「エフェスに向かうんだよ」
「カシュは通らないの?」
「通るだろうね」
「ねえ、カシュで待ち合わせしない?」
彼女は身を乗り出して聞いてきた。

「マユちゃんはアンタルヤを出るの?」
「静かな所に行きたいの。アンタルヤは旅行者が多すぎるわ」
「カシュは通るけど二日後の予定だよ」
「私は明日行くから先に待ってる」

彼女はガイドに載っているカシュのページを広げてホテルを選んだ。

二日後、カシュに到着して、待ち合わせに選んでいたホテルを探し出すと、そのホテルは潰れていたので、念のために選んでおいた別のホテルに行ってみたが、そのホテルも潰れている。

「まいったな」

僕は仕方なく、メールを打っておいて、どこかに泊まって返事を待つことにした。これでは再会できるはずがない。そう思いながら自転車を押していると、一人の男が声をかけてきた。「何かようかい?」と聞くと、彼は一枚のメモを僕に差し出して「ジャパニーズ、ジャパニーズ」と繰り返している。どうも英語が理解しづらかったが、隣のホテルにマユちゃんが泊まっているのだと知らせたいようだ。メモには「Ayホテルに泊まっています。マユコ」と書かれている。目の前にあった「Ay」という名のホテルの主人に彼女が泊まっているのかどうかを確認したが、英語が通じない。仕方なく、しばらく入り口に自転車を止めて待っているとマユコが帰ってきた。

「マユちゃん、ここに泊まってたの?」
「だって、ホテルが二つとも潰れてたから、ここにしようと思って。自転車に乗っている日本人を見たらこのメモを渡してくれないって隣のおじさんに頼んだの。偉いでしょ?」
「お腹空いてない?何か食べに行こうよ」
僕達は近くのロカンタでピザを食べて、ビールを飲んだ。

「何で自転車旅行してるの?」
「いろんな人に何度も聞かれたけど、実際のところは自慢したいだけだよ」
「ふうん」

僕らはホテルに戻って屋上のテーブルで地中海を眺めながら、紅茶を飲みブレッドを食べた。風が涼しい。
「気持ちいいね」
「自転車旅行なんてしてなかったら、しばらくここにいたい気分だ」
僕達は、しばらく雑談をした後、海辺を散歩した。

アンタルヤとは違って、人は少なく辺りは静かな雰囲気が漂っている。
「トルコのコーヒーって飲んだことある?」海辺にあったカフェの前でマユコが言った。
「いや、知らない。普通のコーヒーとどこか違うわけ?」
「全然ちがうの。飲んで見ない?」
「いいけどどこで飲むの?」
「ここでも出してるって看板のメニューに書いてるわ」
すぐとなりにあった店で、マユコが値段を聞くとオーナーは、僕達二人にタダでコーヒーを出してくれると言う。

「うそ!すっごーい。トルコ人てやっぱり親切だねー!」
僕は念のため睡眠薬を疑ったが、客が多くオープンカフェで人目があるし、いらぬ心配のようだった。それに二人以上いるときは、一人が先に飲んで様子を見れば危険はない。出されたコーヒーはデミタスカップに入っていた。「コーヒーの粉が沈んでから飲むの」とマユコは説明してくれたが、粉が沈むまでには時間がかかりそうだったので、僕はそのまま飲んでみた。
「これがトルコのコーヒーか、ずいぶん濃いな。エスプレッソみたいだ」
「でしょー!すっごく濃いの。この間も飲んだんだけど」
普段飲んでるコーヒーとは全く別の味がする。さすがに地中海までくれば、コーヒーだってこんなに違うものか、と僕は感心した。
二日が経って、マユコが飛行機に乗るため、イスタンブールへ向かうことになり、僕は彼女をバス停まで見送ることにした。バスが出る時間まで、しばらくあったのでバス停でサンドイッチを食べてビールを飲んだ。

「イスタンブールには行かないの?」
「当然行くよ」
「じゃあ、一緒に行こうよ」
「マユちゃんはバスだろう?僕は自転車だからまだまだ時間がかかるよ」
「私も、ここに残りたい」
「無理だよ。飛行機のチケットがあるんだから」
マユコは帰りたくなさそうだったが、バスが来たので、それに乗り込んだ。彼女のバスが出発したのを見届けると、僕はエフェスに向かって走り始めた。